「これが、その写真?」 自分の記憶を確かめるようにそう呟いて、もう一度手元の写真に視線を落とした。 四隅がぼろぼろに折れているから、この写真はそれなりに昔のものだろうと言うことはわかるけれど、ただ、その写真の中に映っている僕と涼平の姿と、もう一人の誰かの姿からして、そんなに昔のものでも無さそうだ。 多分僕らが小学校中学年くらいの頃のものだろうと思うから、五年位前に取った写真だろう。恐らく、折れ曲がってぼろぼろになっているのは、ただ保存状態が悪かっただけだろうな。 「ああ、涼歌姉が持ってたんだ。セツがうちに来た日にさ、ヒントって言われて渡された」 「ヒントってことは……知っているってことだよね。涼歌さんもこの人のこと」 「多分。俺が聞いても自分で考えろって、何も教えてくれねえけど」 その折れ曲がった写真に写っている、僕でも涼平でもない、金髪の少年を親指でなぞる。 視線を少しだけ写真から上に動かすと、心配そうに僕の顔を覗き込んでいる涼平と目が合った。 「セツ、思い出せそうか? トージのこと、さ」 もう一度、金髪の少年を親指でなぞってみた。 僕は多分、何かを忘れている。 その忘れていることとは多分、涼平が口にする「トージ」という人物に関することだと思う。 この写真の中で、後ろから僕に抱き着いている、金髪の男の子。 数日前、僕が無意識のうちに名前を呼んで、助けを求めたらしい人物。 涼平が意識を失っている間、涼平の夢の中に現れて、凄い勢いで涼平に怒鳴ったという人物。 僕達といつも一緒で、親友だったらしい人物。 それが、トージという人のことらしい。 僕が無意識のうちに名前を呼んで助けを求めたり、この写真の中ではこうして僕に後ろから抱きついているくらいなのだから、このトージという人は僕とも涼平とも仲が良かったんだろう。実際にトージという人のことを覚えているらしい涼平は、凄く懐かしそうにその人のことを語ってくれた。 でも僕は忘れている。トージのことを。 無意識のうちに助けを求めたり、こうして僕が後ろから抱きつかれている写真があるくらいなんだから、そんな仲の良い人のことをうっかり忘れてしまうなんて普通はありえない。 だから僕は以前何かがあって、このトージという人のことを忘れてしまったんだと思う。 実際に涼平も夢の中でトージに会うまで、トージのことをすっかり忘れてしまっていたらしい。多分涼平も僕と同じように何かがあって、トージのことを忘れていた。 でも涼平は、トージのことを思い出した。僕達と親友だったらしい人物のことを思い出して、こうして僕にトージのことを話していてくれる。それなのに僕はそのトージという人物のことを思い出すことが出来ない。どれだけ記憶の底を漁っても、それらしい人物は出てこなかった。 本当はそんな人なんて初めから居なかったんじゃないのかって思って、そう涼平に口にした時もあった。初めからトージという人物が居ないのだとしたら、僕がその人物のことを思い出すことなんて出来るわけがないからだ。 そうしたら、涼平は凄く怒った。トージは居るんだって、ただセツが思い出せないだけなんだって、まだ怪我が治りきっていないのに僕に大声で怒鳴った。 そして今日、涼平のお見舞いに着たら、涼歌さんが持っていたと言う写真を涼平に渡されたのだ。 さらにもう一度、写真の上から金髪の少年を親指でなぞってみた。トージと言う人物が確かに僕達の傍に居たということを、この折れ曲がった写真は証明している。 「(あの時、どうして僕は泣いたんだろう)」 僕が覚えている限りでは初めて、涼平の口からトージという名前が出て来た時、何故か僕は泣き出してしまった。僕は一体何が悲しくて泣いたのか、今でもよくわからないままだ。 その時に僕は、「何かを忘れている」ことを思い出した。何を忘れているのか何を思い出したいのかわからない。それでも僕は確かに何かを忘れているんだ。それはきっと、トージという人物のことだと思う。 頭の中でトージ、という名前について検索をかけた。――何も出てこない。 今度は写真の中の金髪の少年について検索をかけた。――やっぱり何も出てこない。 「ごめん。やっぱり思い出せない」 「俺が言うのもなんだが、その、無理すんなよ。そのうちセツも思い出せるから」 「本当に、思い出せるかな」 なんだか心のどこかで、その人のことを二度と思い出せないような気もした。 「思い出せるさ。だって、俺達の親友だった奴だぞ?」 「うん。……トージ、かぁ」 僕が思い出せないらしい人の名前を、そっと口にしてみる。 「トージ……」 なんとなく、呼びやすい名前だなと思って、もう一度口にしてみた。 その名前を口にすると、どこか懐かしい気持ちになった。凄く口にしやすくて、響きのいい名前。その気持ちからわかった。僕は確かに、昔その名前を何度も口にしていたんだろう。 その瞬間、手元の写真が白く霞んだ。すぐに霞んだのは僕の視界だということと、これは記憶の限りで初めてトージという名前を聞いたときのものと全く同じものだとわかった。 胸が苦しくなった。誰かに心臓を握られているみたいな痛みが確かに胸にあって、その苦しさに右手を胸元に置いて、制服のシャツをぎゅっと握った。 目の奥が熱くなった。目の奥から生まれた熱さがどんどん眼球を侵食していって、その熱がとうとう目全体に広がり、熱は涙に変わって目からあふれ出てしまう。 「セツ?」 「トー……ジ」 視界だけじゃなくて頭の中も白く霞んでいく。 きっとその靄の先に、僕の知りたい答えがあるんだ。でもその靄を上手く振り払うことが出来なくて、頭が働かない。何も考えられない。思い出さないといけないのに思い出せない。 「セツ……どうした?」 白く霞んでいた視界が僅かに歪んで、手元の写真にしみが出来た。 涼平の大きな手が僕の頬に置かれて、涙を拭ってくれるけれど、それでも拭いきれないほどの涙が目からこぼれて、また写真にしみを作る。 白く霞む視界の先に、金色のなにかが見えた気がした。
それが僕が思い出そうとしている人のものだと気付くまでに、そう時間はかからなかった。 本館のサイトの日記のほうにぽいっと置いたもの。初めて萌えの勢いのままに二、三時間でささっと書いたきみむそ小説。 「再生」エンドのセツって最後の最後に「凄く大切なことを思い出した気がする」ってあるんですが、一体何思い出したんでしょう。
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